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教育の専門知識を活かしてプロジェクトに参画
現在取り組んでいるプロジェクトについて聞かせてください。

現在は主に3つのプロジェクトに関わっています。ニカラグアのNICAMATE2プロジェクトでは、算数の教科書と教師用指導書の改訂に向け、現地の執筆チームが作ったドラフトを一緒に改善しています。ヨルダンのPLEACプロジェクトでは、教員研修を実施し、研修を受けた先生方の学校を訪問して授業や子どもたちの学びがどのように変わったのかを確認し、先生方と意見交換を行っています。
モンゴルのDPUB2プロジェクトでは、ジョブコーチによる障害者就労支援に関わっています。
印象に残るプロジェクトは何でしょうか。
あえて選ぶならヨルダンでのプロジェクトでしょうか。JICA海外協力隊でヨルダンに派遣されたものの、コロナ禍で緊急帰国となり、もう一度戻りたいと思っていました。ヨルダンのプロジェクトが始まり、現地に戻れた時はとても嬉しかったです。
ヨルダンでの研修のコンセプトは、1人ひとりの子どもたちが尊重され、快適に学校生活を送れるようになることです。そのために必要な指導技術や学級経営手法などを研修で伝えています。
子どもたちが活き活きと活動している姿を見るのはとても嬉しいですし、子どもたちの変化を先生方や保護者の方々から聞くと、大きなやりがいを感じます。
子どもたちの大切な居場所を守りたい
教育分野のプロジェクトに関わるようになったきっかけは?
大学では教育学を専攻し、卒業後は東京都の小学校教員として働きました。その後、退職してJICA海外協力隊に参加し、ヨルダンのパレスチナ難民キャンプの小中学校で活動しました。帰国後、次のキャリアを考えていた時に当社のアルバイト募集を見つけたことがきっかけで社員になりました。開発コンサルタントとして必要な専門性を身につけるため、入社後に大学院に進学し、インクルーシブ教育の修士課程を修了しました。
なぜヨルダンだったのでしょうか。
私にとって学校は大切な第二の居場所で、学校現場に恩返ししたいという思いを学生時代から抱いていました。同じ頃、2011年にシリア内戦が始まり、学校も攻撃されました。子どもたちの居場所であるはずの学校の状況に関心を覚えたことがきっかけとなり、国際教育協力に携わりたいと考えるようになりました。シリアでの支援は難しい状態でしたので、シリアの隣国であり、多くの難民を受け入れていたヨルダンでの教育支援へと結びつきました。
常夏の国から一気に極寒の国へと
1年のうちどのくらい海外にいるのでしょうか?
3〜4週間の出張が年に6回ほどあります。気温が30℃のニカラグアから帰国して数日後にはマイナス10℃のモンゴルに出張したこともあり、その時は気温差が大きくて大変でした。しかし、私は人と関わることがとても好きなので、出張先で異なる文化や暮らし方をしている人達と関わることが楽しみです。特に、海外では自分と年齢が近い若い方が責任あるポジションについていることが多く、そういった方々との意見交換はとても刺激的です。
日本でも、オフィス内ではいろいろな国の言葉が聞こえてきて、私も頑張らないといけないなと背中を押される思いです。当社のメンバーは、豊富な経験と専門性をもちながらも、その専門性をさらに磨こうと努力し続けている方が多く、とても尊敬しています。

海外でのオフはどう過ごしているのでしょう。
出張が重なっている同僚がいれば、一緒に観光したり、地元の食事を楽しんだりしています。ヨルダンならば、首都アンマンから車で1時間ほどのジェラシュ遺跡によく行きます。協力隊の時に住んでいた町なので、同僚を次々と案内しています。古代ローマ都市の遺跡で、劇場や神殿、石柱の並んだ道路など見所がたくさんあります。
ヨルダンではワイン、ニカラグアではラム、モンゴルではウォッカなど、その土地ならではのお酒も楽しんでいます。